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経歴
- 2001年(当時0歳)、髪がまばらだったため、近所で”落武者”と話題になる。母が可哀想だと思い、バリカンで全部刈ってしまった(ひなあい #118)。
- 「母が元々F1が好きで、鈴鹿サーキットに何回か来たことがあったみたいで。子供が生まれる時に”すずか”って名前を付けたかったんですけど、私、兄が2人いて、私が”鈴花”になったっていう感じです」
- 2002年(当時1歳)、ある朝、突然二重になる(ひなあい #118)。
- 2004年(3歳)、河川敷で兄に引きずり回され号泣。
- 3歳。
- 2006年(5歳)。











小学生
- 2007年(6歳)、小学校に入学。
- 子供の頃はシャイな性格だった。
- でも人気者になりたくて応援団になる。
- 2009年(8歳)、父のごり押しで番組制作を体験し、芸能界に憧れる(ひなあい #118)。
- 父は娘に色々なことを経験して欲しかったようで、2009年にジャイアンツのビーナスも体験。誰よりも早く東京ドームの舞台に立っていた(ひなあい #118)。
- 2011年(10歳)、子供の頃から高速道路が好きだった。
- 10歳で2度目のビーナス。
- 10歳。兄が泣きながら電話を掛けてきて、上級生の中で妹がキックボードで通学しているというデマが流されていることを聞かされる。なぜそんなデマを流されたのかは不明だが、「私、嘘つくことが好きで。『自分はじゃがりこの社長の娘だ』って、いろんな人に言いふらしてました」(ひなあい #118)。
- 2012年(11歳)、3度目のビーナス。
- 11歳。学校のトイレットペーパーをピラミッドのように天井まで積み上げて遊んでいた。次の日の全校集会で「やったのは誰だ?」と犯人捜しが始まったが、知らん顔で通した(ひなあい #118)。
- 12歳、ニーハイを履いていたため、のちに一軍入り。

















中学生
高校生
- 2016年(15歳)、高校に入学。「普通に高校に通っていて、みんなと同じように電車で通学して、普通に授業を受けて、制服だって可愛く着崩したり、購買まで走って買いに行ったり、屋上とかでお弁当を食べたり、昼休みに踊って遊んだり、お菓子を食べながら部活をやったり。誰かの誕生日の日には黒板におっきくハッピーバースデーってお祝いしたり、してくれたり、クリスマスにはみんなでケーキを作って食べたり、文化祭では2年連続お化け屋敷やったり!大繁盛したな〜。そんなよくある高校生の日常がすごく楽しかったし、輝いていた日々でした。クラスの女子だけで球技大会の日にチョコフォンデュとかした日もあったんです(笑)」(ブログ)。
- 2017年4月、欅坂1stアニバーサリーライブを観覧。けやき坂の2期生が募集されることが発表された(ひなあい #1)。
オーディション
- 2017年6月、高校2年生の時にけやき坂46(ひらがなけやき)の2期生オーディションに応募。
- キッカケは「それまでアイドルという道に進もうとは思ったことはなくて、もちろんAKB48さんとか、ももいろクローバーZさんとか好きで憧れていた時があったけれど、オーディションを受けてみようとは思わなかったんです。でも欅坂46さんに出会ってから、私の中でのアイドルの価値観が変わって、私も同じ風になってみたいなって思って、そしたらアニバーサリーライブでひらがなけやき 追加メンバーオーディションが発表されて。母にだけ受けたいってことを伝えて、まあ母は否定も肯定もせずに『受けたいなら受けてみれば良いんじゃないか』ということで自分自身の意思で応募をしました」(ブログ)。
- 「それからオーディション通過の通知が来ないかそわそわしながら、学校から帰ってすぐポスト開けて…通知が来るたびに信じられない気持ちでいっぱいでした」(ブログ)。
- 三次のダンス審査で同じ組だった渡邉美穂によると、1人だけまったく踊れておらず、不正合格の疑いがある。富田によると周りが上手すぎて「もういいや」とダンス審査は諦めた。
- 「ダンス審査で私が絶対に一番踊れていなかったし、『なんでみんなそんなに上手に踊れるの?』って思いながら、もういいやって半分自暴自棄になっていたりもしました(笑)」(ブログ)。
- 自己PR審査では、ちゅうえいの一発ギャグを披露した(ひなあい #1)。
- SHOWROOM審査
- 8月15日、9名が最終審査に合格(公式)。
- 「SHOWROOM審査は夏休みで、夏休みだった実感もないまま最終審査で合格が決まって。最終審査で名前を呼ばれるなんて思っていなかったし、呼ばれなかったとしてもここまで来れたことがすごいことだよなぁって思いながら会場に立っていました」(ブログ)。











加入後
「ひらがなけやきに加入してからは他の学校に転校することになって、終業式にいつも一緒にいる子たちが主導して、クラスの全員がメッセージカードを書いてくれて、最後にはクラスのみんなで写真を撮ってすっごく泣きました。頭の中の記憶って、良いことより、悪いことの方が残るし、根に持つんですよね。だから学校は楽しいけど行きたくないって思う日もあって。でもそのみんなの暖かさに感動して、もうこの学校でこのメンバーではしゃいだりすることもなくなるんだなって思ったらすごく悲しくなって。失って気づくものってそういうことなんだなぁと。転校してからも、その友達と遊んだりするけれど久々に会うとやっぱり楽しいし、学生時代の友達って永遠だな!って思います」(ブログ)。2017年
10月8日、『欅って、書けない?』に初出演。

秋の大運動会






2018年
2月12日、けやき坂2期生「おもてなし会」を幕張メッセで開催。4月、『ひらがな推し』放送開始。

春日に挑戦!特技バトル


デビューアルバムヒット祈願



妄想みらいヒストリー



ヤングVSアダルト バラエティゲームバトル



1期生VS2期生 運動能力バトル


ぶりっ子選手権


2019年
一番運が良いのは誰だランキング



成人vs未成年 大人力対決!

ひらがながっきょくうんどうかい




日向坂46
2月11日、けやき坂46が日向坂46に改名。男・春日が本気で奢りましょう



メンバーの意外な一面を発掘しよう




ザ・ニブモネア

日向坂野球部の奇跡!


1人寂しい若ちゃんの誕生日をみんなでお祝いしよう


日向坂野球部の奇蹟 in 宮崎キャンプ




ぐるぐるバット



チンパンジーにツバを吐きかけられて号泣。




2020年
4thシングルのMV解説を皆でしましょう

ひなあいVSひなましょう

祝デビュー1周年あんなことこんなことあったでしょう



~書きかけ~
2021年
ミレニアム世代の成人メンバー20年史でも振り返りましょう!

上半期の個人的重大ニュース

『ってか』のMVを解説しましょう

2022年
7月、『ラヴィット』でスカイダイビングに挑戦(モデルプレス)。




10月13日、公式Instagram(@suzy.tomita)を開設した(ナタリー)。
2023年
2024年
2024年
5月3日、グループからの卒業を発表した。

「ひらがなライブが終わって2日間、このブログと何十時間も対峙していました。まだまだアイドルとしてやりたいこと、たくさんありました! 叶えられなかった夢も、ありました。表題曲のフロントに立ってみたかったし、ソロ曲も歌ってみたかった。グループでしか叶えられない夢を叶えるために、自分なりに色んな道を模索していました。でもその夢がたとえ叶わなくても、グループとしても個人としても、色んな素敵な夢をたくさん叶えることができました。叶えていただきました。そして、大切なメンバーが夢を叶えている瞬間で、胸が熱くなることも、たっくさんあって!!!夢が叶うことだけでなく、夢を叶えるために努力していた時間が尊く、大切な日々だったことを今思います。「数字」や「記録」だけでなく、“誰かの記憶”に残ることができていたら、それ以上に幸せなことはないと思っています。不器用だったし、順風満帆ではなかったけれど、沢山もがいて、その度に周りの方に救われて。本当に、十分幸せなアイドル人生でした。そして、これからのこと。これまでの活動を通じて、人に何かを『届ける』ということの尊さを実感しました その中でお芝居という表現方法に強く惹かれるようになりました。舞台や映像作品における表現の深さ、ご一緒したみなさんの役と向き合う真摯な姿勢に心を打たれ、自らもその世界に身を置き、成長していきたいと考えるようになりました。8年間って長いようでとっても短くて できるならばもっともっとアイドルをしていたかったけれど 日向坂46の富田鈴花として出し切れる力を、出し切った、そう思います。胸を張って、次に進みたい思います」(日刊スポーツ)。
6月27日、『Love yourself!』発売記念配信ミニライブ内で卒業セレモニーが実施された(ザ・テレビジョン)。
伝えたい気持ちがたくさんあって、まとまらなくって。手紙で読ませていただきます。7月23日、ソロライブ「Suzuka Tomita (Hinatazaka46) One Last Live on MTV」(立川ステージガーデン)を開催。日向坂46の楽曲からカバー曲まで、生バンドによる演奏をバックに全10曲を歌唱。またライブには松田好花もゲスト出演し、“花ちゃんズ”としてのパフォーマンスも披露した(ORICON)。
あるとき、卒業を決めた先輩から「卒業をした後のことは考えているの?」、そう聞かれたことがありました。そのとき、私は何も思い浮かばなくって、今が楽しかったらそれで良い、今が今であることが幸せだと感じていました。でも少し時間が経って、私にとって大きな人生の転機が訪れました。
いつの日からか、自分のやりたいことがはっきりと見えるようになって、でもそれは卒業を考えることとはまた違うことなのかなと思いつつも、“卒業”という言葉がぐるぐると脳内を巡るような時間が続き、葛藤していました。だけど、やっぱり心の底から「やりたい!」というこの尊い気持ちにうそはつきたくない。そう思い、1年前くらいから卒業をさせていただきたいと相談をさせていただきました。
未来が見えていない中で一歩を踏み出すことはとてもとても怖くて、今でもちょっと怖くて。でも、たとえそこが暗闇でも、今の私になら乗り越えられると、そう思い決断をしました。ファンの方には突然のことのように感じた方がほとんどだと思います。けれど、私が長い間たくさん悩んで決めた結果です。
アイドルを始めたころ、自分が自分であることに嫌気が差して、誰かになりたいなと強く願ってしまった日もありました。でも、そんな自分がもがきながらも愚直に取り組む姿を、きっと誰かが絶対に見てくれていました。
私は努力をしている過程が1番好きです。夢に向かって頑張っていることに、生きがいを感じています。たとえかなうことのない夢だったとしても、きっとその過程もまた違う夢につながるとそう思っています。今日、この日、生まれ変わっても自分になりたいなって、この日向坂にいる期間を通して思うことができています。
誰かをうらやむ時間よりも、自分の中身を磨く時間をどうか大切にしてあげてください。その時間があなたという人間を作り上げてくれると思います。
こんな頑固でわがままな私だったけど、三期生、四期生、五期生のみんなはいつでも「鈴花さん!」と無邪気に声を掛けてくれていました。その表情や声色を思い出しては、すごくうれしい気持ちになります。ずっと1人でいるときも、みんなのその声を脳内に反芻させて、すてきな後輩がたくさんいるなと感じています。
後輩を迎えることがどういうことか、みんなに対等で平等でありたいという気持ちが強すぎて、関わり方ですごく悩んだことがあったんですけど、今は本当にみんながかわいい妹です。リスペクトを持ってどんなときも関わってくれるみんなに対して、とってもすてきな運が訪れることを強く強くこれからもずっと願っています。
卒業して旅立っていった同期、そして今グループを支えてくれている同期、日向坂46にどんな波があってもずっとみんなで守り続けてきたね。芯がしっかりしていて、かつ他人を尊重できて、みんな何となく自分を大切にすることをおろそかにしているようなことがあるくらい、グループのことをずっとずっと考えてくれていました。
グループの代表としてみんなが1人で頑張る姿を見て、日向坂にはこの子がいるから大丈夫、そう思えていました。とてもとても尊敬できる9人です。どんな時も常に殻を破りまくって、日向坂の可能性を広げてくれた誇らしい同期です。生まれ変わっても、また二期生が良いなと思います。
そして、お父さん、お母さん。今見てくれていますか?今思い返してみると、どんな遠い場所でもおひさまと同じように会いに来てくれていたね。広島や福岡、大阪、遠い所は北海道まで。鈴鹿サーキットにも来てくれて、海外に行っても会いにきてくれるんじゃないかと思うくらいでした。
お仕事が今より落ち着いていた時期、生きている何か全てがお仕事につながったらいいねと、どんなに疲れていても一緒にブログのネタを探すために出掛けてくれていたね。きっとお母さんがアイドルをやっていても、私と同じような活動をしている気がします。
カラオケで歌っているお母さんを好きになったお父さん。私の活躍の願掛けで、柿ピーを2年我慢してくれていたね。レギュラーを務めていた番組をやり切ったら解禁してと言っていたけど、好きなことを我慢してでも誰かの幸せを願っているお父さんの娘でいられて、私はとても幸せですし、誇りに思います。
そして、ファンの皆さん。今日ここに至るまでにいろんな気持ちにさせてしまったと思います。私の人生は私だけものではなく、たくさんの人の人生を背負っていたんだなと、あらためて気づかされました。卒業発表をしてから1カ月、皆さまがこんなに私を思ってくれていたこと、知らないことばっかりでした。
うれしくて、でもちょっと切なくて、失ってから気付くんじゃ遅いんだと思います。だから、思っているうちに今その思いを大好きな人に大切な人に、隣にいる人に伝えてあげてください。私もその声で勇気や希望を何度も頂きました。一緒に笑って泣いてくれて、富田鈴花というアイドルの人生を共に歩んでくださり、本当にありがとうございました。
8月2日、最後のミーグリ&サイン会を終え、14thシングルの活動が終了(ブログ)。
8月3日、『日向坂で会いましょう』で卒業証書授与式。


8月5日、1st写真集『鈴花サーキット』を発売。「アイドルになってから写真集を出すことが、ずっとずっと夢でした。ときどき褒めていただけるスタイルを、せっかくならば生かしたい!と思い、きれいな体づくりを心がけ、思いきり楽しんで撮影した作品となっています」(ORICON)。
同日20時、「富田鈴花1st写真集発売記念生配信」が日向坂メンバーとして最後の仕事となった「寂しいですね。寂しいって思わないように今日まで活動してきたんですけど、いざ最後となると悲しいなって。本当に8年間、不器用な私だったと思うんですけど、本当に見守り続けてくれてありがとうございました」(RBB TODAY)。
8月31日、最後のブログ。
自分の思ったことを綴ることができるブログを書いている、この時間がとっても大好きでした。
私と同じような境遇で夢を追い続けている人、悩んでいる人、苦しい時間を過ごしている人へ少しでも支えになれば、少しでも現実から離れてクスッと笑える時間になれば。そんなことも思いながら、発信を続けてきました。
プライベートのことも、お仕事のことも、小っ恥ずかしくてメンバーに伝えられなかったこととかも。全部全部。ここに埋めつくして、そして、ブログを通して出会えた活動が、お仕事が数え切れないくらいあると思います。1度でもブログをタップしてくださったみなさまに、感謝の気持ちでいっぱいです。
日向坂46の活動を通してみなさんと出会えたことは奇跡みたいなお話です。皆さんに巡り会えた私はとっても幸せものです!!
私も皆さんのことをこちら側で、応援しているね。また会おう!
それじゃ!パリピース✌(’ω’)
卒業後
2026年
・ミュージカル俳優を目標に掲げて活動している(ENCOUNT)。・グループ卒業後は収入がアイドル時代の4分の1に減少した。「今は週6で休み。本当に家賃が払えなくなる寸前で……。やばいので節約しています」(ENCOUNT)。
・4月1日、芸能プロダクションTRUSTAR(トラスター)に所属したことを発表した(ORICON)。
・4月13日、オフィシャルサイト&ファンクラブを開設(MANTAN)。




